母の日

母がいなくなった今でも毎年、母の日には心の中で「ありがとう」、とつぶやき母の日の思い出を思い出します。
「社会人になって、しっかり稼ぐようになったら母の好きなものを買ってあげたり、旅行に連れていったり、たくさん親孝行してあげたい」、と子供の頃から思っていました。
これからお話しするエピソードは、私にとっては「最後」の母の日の出来事です。
一人っ子ということもあり、子供の頃から両親にとても大切にされ、いわゆる箱入り娘でした。

大学進学の際は私の勉強したい意志に負け、親元離れて東京の学校で学ぶことを許してくれた両親でしたが、上京して間もないこともあり、特に母からは頻繁に私の身を案じるメールや電話がきていました。
当時の私は親不孝だったのですが、心配してくれる母の気持ちがいまいち理解できず、母のことをうざったがっており、結構キツイ言葉(もう半ば八つ当たりのような感じです)を投げかけて母を悲しませることもありました。
大学生活にも少しずつ慣れ、5月のゴールデンウィークが過ぎても未だに状況は改善されず母とはぎくしゃくした状況が続きました。
いつまでもこうしてはいられない、かといって改まって謝ることもできず数日が過ぎたころ、母の日が近づいていることに気づき、この日を利用して仲直りしようと思いました。
プレゼントを贈ろうかとも思いましたが、残念ながら金欠で買うお金がなく、「プレゼントは来年にして、今年はメールでもしよう」と決めました。
ですが、いざメールを打とうとなると語彙にも乏しく筆無精な私は文章がうまく書けません。
ごめんなさいと、ありがとうという言葉をどう伝えようか必死に考えましたが消してはまた打ち、の繰り替えして進みませんでした。
そんなとき、ふと母と過ごしてきた日々が思い出されました。

母は本当に立派な母でした。
言葉にしなくてもいつも私のちょっとした心の変化や気持ちを察してくれたり、以心伝心かと思うくらい理解してくれました。
どんな時も話を聞いてくれ、真剣に悩みに相談に乗ってくれましたし、心が折れそうなくらいつらいことがあったときも喝を入れつつも最後は必ず「ママは絶対あなたの味方だからね」と励ましてくれました。この言葉に何度救われたでしょうか。
したいことがあったでしょうに、(私の家庭は決して裕福ではないにも関わらず)大学に行きたいといった私の気持ちを優先してくれ、自分への投資はほとんどせずに学費に回してくれました。
いつも私を叱ってくれるときは、私の至らない点について話しつつも母が子のためを思って必死で語りかけてくれるような感じでした。
思い出していくうちにふと、これだけ愛情を注いでくれたのだから、娘が離れて暮らすことを案じない訳がない、と今更ながら感じました。
また同時に、自分のことを心から案じてくれている数少ない家族を疎ましく思っていた自分が情けなくもなり、母に対して本当に申し訳ないきもちでいっぱいになり、思わず泣いてしまったのを覚えています。
結局悩みに悩んだ結果、シンプルではありますが「ママ、いつも本当にありがとう。最近はつらくあたってゴメンね。こんな娘だけど、これからもよろしくお願いします。」というメールを送りました。
返事がくるまではドキドキしました。

こんなに短いメールで失望したのか、などよからぬ考えを浮かべては頭を振り、の繰り替えし。
やがて母から返信がきました。緊張しながらメールを開いたら、私からのメールへの喜びが長々とつづられていて、とても胸がつまりました。
これからは母への感謝の気持ちを忘れまいと誓い、離れて暮らしているからこそコミュニケーションを大切にしようと決意した一日になりました。
これが最後の母の日で、その年の秋に母は亡くなり、親孝行らしい親孝行はできませんでした。
孝行のしたい時分に親はなしという言葉がありますが、まさにその通りになってしまいましたが、あの時に思いを伝えておいて本当に良かったという気持ちでいっぱいです。
まだ親御さんがご健在のかたには、1年に1度くらい「ありがとう」と言ってみてはいかがでしょうか。プレゼントもうれしいと思いますが、きっとその言葉だけでもとてもお悦びになると思います。